映画を愛した多くの人に語り継がれる名画中の名画、アカデミー賞作品賞受賞作の中でも屈指の人気を誇る作品です。第二次世界大戦中、フランス領だったモロッコの都市カサブランカが舞台です。
アメリカ映画協会(AFI)による「アメリカ映画ベスト100(10周年エディション)」では3位に選ばれたほか、アメリカ映画主題歌ベスト100では2位(「アズ・タイム・ゴーズ・バイ(時の過ぎゆくままに)」)、アメリカ映画の名セリフベスト100の中にはこの映画のセリフが6つもランクインしています。
ハンフリー・ボガートとイングリット・バーグマンという映画史に残る大スターの共演により、かつて愛し合った末に別れた男女の思いがけない再会と愛の再燃が描かれます。単なるラブロマンスだけでなく、戦争という極限状況の中で人はどう生きるべきかというテーマを追求したヒューマンドラマです。
男同士の友情、経営者と黒人の使用人との絆など様々な登場人物の人間模様も興味深く、カサブランカというエキゾチックな町からアメリカへの脱出というシチュエーションでのスリルとサスペンス、ラブロマンス、ヒューマンドラマの一体化が見事で後世の多くの映画に影響を与えました。
◎映画の概要
・1942年アメリカ映画
・監督 マイケル・カーティス
・出演 ハンフリー・ボガート 、イングリッド・バーグマン
・第16回アカデミー賞 作品賞、監督賞、脚色賞を受賞
◎あらすじ(ネタバレなし)
時代は1941年12月、第二次世界大戦中です。舞台はフランスの植民地であったモロッコの都市カサブランカです。この時点でフランス本国がドイツに占領され、南フランスは親ドイツのヴィシー政権下に置かれていたため、フランス領であるカサブランカもドイツの影響下にありました。カサブランカでもナチスドイツの軍人が幅をきかせています。
しかも、カサブランカという都市は、ドイツの侵攻を逃れてアメリカへの亡命を求める人たちの中継地点になっていました。ヨーロッパからアメリカに脱出するには、いったんカサブランカへやってきて、そこでアメリカ行きのビザを手に入れ、中立国であるポルトガルから出向する船に乗るのが唯一の方法でした。カサブランカはまさに複雑な国際情勢を象徴するような場所でした。
主人公であるアメリカ人男性リック(ハンフリー・ボガート)は、この町で酒場「カフェ・アメリカン」を経営していました。リックはアメリカ人ですが事情があってカサブランカまで流れてきていました。
当時、ナチス・ドイツの連絡員が殺され、ポルトガルに向かうための通行証が奪われるという人が発生し、ドイツ軍が操作をしています。一方リックのところにはウガンダという男が現れ、リックに通行証を少しの間預かってほしいと頼みます。リックはそれを預かって隠します。
そこへ一人の女性が夫ともにやって来ます。この二人もアメリカへの亡命を企てていましたが、その女性はリックがかつてパリで愛し合っていた女性イルザ(イングリット・バーグマン)でした。イルザは、ドイツの侵攻によりパリが陥落する直前に理由も告げずにリックのもとを去って行ったのでした。イルザとの偶然の再会を果たし、リックはパリでのほろ苦い思い出が蘇ってきます。
イルザの夫のヴィクトル・ラズロ(ポール・ヘンリード)は、チェコスロバキア人のドイツ抵抗運動の指導者でアメリカへの脱出の機会をうかがっています。それに対しドイツの現地司令官であるシュトラッサー少佐は、ラズロの脱出を妨げようとします。
それでは、物語の舞台となるモロッコの歴史から見ていきましょう。
◎歴史的背景 モロッコの歴史
モロッコはアフリカ北西部の国です。ジブラルタル海峡によりイベリア半島と隔てられています。現在はイスラーム教を国教とする立憲君主制の国です。日本からは遠く離れなじみが薄いですが、アフリカからヨーロッパへ渡る窓口となる位置にあり、世界史上は非常に重要な国です。
もともとは北アフリカの先住民族であるベルベル人の居住地でした。古代には、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の支配下に入っていました。その後、7世紀に西アジアでイスラーム教が成立するとイスラーム勢力が急速に支配を拡大します。北アフリカにもアラブ人のイスラーム王朝であるウマイヤ朝が進出し、モロッコもその支配下に入ります。ベルベル人のイスラーム教への改宗が進み、ベルベル人とアラブ人の同化も進みます。8世紀頃からは北アフリカにはムラービト朝やムワッヒド朝などイスラーム教を奉じるベルベル人中心の地域国家が成立するようになります。
この地域が大きく変わるのは、15世紀からです。大航海時代を迎えたヨーロッパ勢力が進出してきます。 まずはポルトガルです。ポルトガルのエンリケ航海王子による西アフリカ進出がはじまり、ジブラルタル海峡に面しモロッコに隣接しているセウタはポルトガルに占領されます。次にスペインの海外進出が本格化するとセウタはスペインの領土となります。
その後もモロッコにはいくつかのイスラーム王朝が興亡しますが、19世紀になるとヨーロッパの帝国主義列強の進出が激化します。なかでもモロッコに強い関心を示したのがフランスとドイツです。フランスは1830年以来モロッコの隣国であるアルジェリアを植民地として支配しており、モロッコへの進出の機会をうかがっていました。フランスは普仏戦争に敗れてナポレオン3世が失脚し、1870年に第三共和政が成立すると、低下した国際的地位の回復を図るため、アフリカとアジア(インドシナ)への進出を図ります。アフリカではアルジェリア、チュニジアとともにモロッコを植民地化し、そこからアフリカ東海岸に向かうアフリカ横断政策を採ります。この政策は1898年のスーダンでのファショダ事件でイギリスと衝突し危機を迎えますが、フランスは譲歩し、1904年に英仏協商を結び二つの帝国主義国は妥協します。英仏協商でフランスはエジプトでのイギリスの権益を認める代わりにモロッコでのフランスの権益を認めさせました。さらにフランスはスペインとの間でモロッコでの勢力圏の分割を取り決めました。こうしてモロッコはフランスとスペインに分割支配されることになりました。
ここで黙っていないのがドイツです。普仏戦争後に統一を達成した後発の帝国主義国であるドイツはフランスのモロッコ支配に横やりを入れます。ドイツのヴィルヘルム2世は、1905年自らモロッコのタンジールに上陸しフランスを牽制します(第一次モロッコ事件)。これは国際紛争になり、翌年アルヘシラス会議が開催されますが、ドイツは孤立しフランスとスペインの権益が認められます。これに不満なヴィルヘルム2世は1911年軍艦をモロッコのアガディールに派遣します(第二次モロッコ事件)。本格的な戦争の危機に瀕しますが、結局ドイツはコンゴの一部を得ただけでフランスのモロッコ支配を認めることになりました。
こうしてモロッコは北西部のスペイン領を除き、フランスが保護国として支配します。ベルベル人による民族抵抗運動もありましたが、結局第二次世界大戦までフランスの支配は続き、カサブランカは商業港として繁栄します。事態が大きく変わるのは、第二次世界大戦勃発後です。ナチス=ドイツがフランスに侵攻し、1940年7月にはパリが陥落、南フランスに親ドイツのヴィシー政府が成立します。このため、フランスの保護国であったモロッコもドイツの勢力下に入ります。カサブランカも、親ドイツのヴィシー政府の管理下に入りますが、中立国ポルトガルに近いという地理的な特殊性からヨーロッパの戦火を逃れた人々やポルトガル経由でアメリカへの亡命を図る人々が多数押し寄せます。カサブランカは支配層となったドイツ人、ドイツへの抵抗を図る親フランスの人々、現地のベルベル人など様々な人々の思いが渦巻く都市となります。
第二次世界大戦は、イギリス、フランス、途中から参戦したソ連、アメリカなどの連合国とドイツ、イタリア、日本を中心とした枢軸国の間で戦われました。戦闘はヨーロッパだけでなくアジア・太平洋地域でも行われましたが、この映画に直接関係するヨーロッパ戦線、特にフランスの動きについて見ていきましょう。
◎第二次世界大戦のヨーロッパ戦線の状況 その1
第二次世界大戦は1939年9月1日のドイツによるポーランド侵攻により始まります。これに先立つ8月にドイツはソ連との間で独ソ不可侵条約を締結し、両国によるポーランドの分割等を取り決めました。これを受けてドイツはポーランドの西半分を制圧し、ソ連も直後にポーランドに侵攻し東半分を制圧、さらにフィンランドにも侵攻します。イギリス、フランスはドイツに宣戦布告します。また、国際連盟はソ連のフィンランド侵攻を受けてソ連を除名します。
こうして第二次世界大戦が始まりましたが、当初は西ヨーロッパでは本格的な戦闘は行われず、両陣営がにらみあう「奇妙な戦争」といわれる状況が続きます。しかし、翌1940年5月ドイツ軍はオランダ、ベルギーに侵攻し、さらにフランスに侵攻します。そしてわずか一ヶ月後の6月14日にドイツ軍がフランスの首都パリを占領、フランスは降伏します。フランスの第三共和政は崩壊、フランス北部はドイツ軍が直接占領します。フランスの南部はペタン元帥によるヴィシー政府が成立しますが、これはドイツの傀儡政権です。一方、ドイツに対する抵抗運動はフランスの降伏直後から始まります。第一次世界大戦でも活躍した軍人のド=ゴールは徹底抗戦を主張していましたがロンドンに亡命して「自由フランス」を組織し、フランス国内でのレジスタンスを指導します。
映画「カサブランカ」が描くのは、この時代1941年です。親ドイツのヴィシー政権の支配下にあるモロッコの都市カサブランカを舞台とする物語です。
この映画の歴史的背景としてもう一つ知っておく必要があるのはアメリカの動きです。この映画はアメリカで制作されました。主人公リックはアメリカ人という設定で、演じたハンフリー・ボガートもアメリカ人です。
◎歴史的背景 第二次世界大戦でのアメリカ
アメリカは第二次世界大戦勃発時には参戦していません。中立を守っていました。ヨーロッパの動きには巻き込まれないというアメリカの伝統的な外交政策である「孤立主義」を守っていました。アメリカ国内の国民感情もそれを支持していました。一方では、イギリスのチャーチル首相からはアメリカの参戦を求める強い要請があり、アメリカのF=ローズベルト大統領は参戦の機会をうかがっていました。
戦争が進展するにつれアメリカの参戦のための条件が整っていきます。ヨーロッパでは1940年6月にフランスが降伏、ドイツはイギリスへの攻勢を強め、ロンドン空襲が始まります。アジアでは同年9月にフランスの敗北に乗じて日本がフランス領インドシナ北部への進駐を行います。さらには日独伊三国同盟が結成されます。
F=ローズベルト大統領は11月に三選を果たすと、従来の孤立主義から大きく転換していきます。まず、翌1941年3月に武器貸与法を成立させ、イギリスなどへの軍事支援を始めます。8月にはローズベルト大統領とチャーチル首相の間で大西洋会談が行われます。ここでは戦後世界の国際秩序等について話し合われますが、アメリカの参戦に向けての環境が着実に整っていきます。最終的には同年12月の日本による真珠湾攻撃を受けて、アメリカは日本と、ついでドイツ、イタリアとも戦争状態に入ります。
映画「カサブランカ」が完成したのはこの直後である1942年です。
この映画が製作されていた1941~1942年中にも大戦の情勢は刻々と変わっていました。
◎歴史的背景 ヨーロッパ戦線の情勢 その2
フランスを降伏させたドイツはイギリスへの猛攻撃を始め、ドイツ軍によるロンドン空襲が行われますがイギリス空軍が撃退し、ついにヒトラーはイギリス上陸作戦を断念します。そしてドイツは独ソ不可侵条約を一方的に破棄し、独ソ戦が始まります。1942年6月には第二次世界大戦での最大の激戦であるスターリングラード攻防戦が始まります。太平洋戦線では日本が優位に戦いを進めていましたが、1942年6月にミッドウェー海戦で日本は大敗し、一気に戦局が転換します。
この映画の舞台である地中海・北アフリカ方面では、アメリカ・イギリス軍によるトーチ作戦が展開されます。これは、独ソ戦と同時にヨーロッパでの第二戦線を形成し、ドイツ軍の戦力を分散させようというものです。1942年11月8日、連合国軍によりモロッコとアルジェリアへの上陸作戦が開始されました。北アフリカの植民地政府軍(フランスのヴィシー政府軍)とアメリカ・イギリス軍との戦闘は、11月11日にはフランス植民地政府軍が投降し、アメリカ・イギリス連合軍はモロッコからアルジェリアまでの地域をおさえました。
この映画のアメリカでの公開はこの年の11月26日ですので、現実には映画公開の直前にカサブランカは連合国軍の支配下にわたっていました。
◎映画のあれこれ 登場人物たち
主役の二人にとってもこの映画は代表作となりました。
ハンフリー・ボガートが演じたリックは一見戦争には無関心なニヒリストですが、心の奥には熱い情熱を秘めています。自分の感情を抑えに抑える男のダンディズムをボカートは好演しています。ボガートがこの映画の前に主演した「マルタの鷹」のハードボイルドな探偵役と同様に独特の渋くてクールな魅力が引き立ちます。リックはイルザとの関係で葛藤に苦しむことになりますが、苦渋に満ちたリックの表情が印象的です。 歯が浮くようなキザなセリフを連発しても、それがかっこよくきまる希有な存在です。
イングリット・バーグマンは、ヨーロッパとアメリカで活躍したスウェーデン出身の女優です。この映画での役も、戦時下でしかも逃亡中という厳しい状況にありながら、凜とした気丈さ、気品、哀愁をたたえ名演技でした。バーグマンは長く第一線で活躍し、年齢に応じて魅力が変わるとも、モノクロ映画でこそ輝く美しさとも言われました。60歳で3回目のアカデミー賞を受賞していますが、「カサブランカ」の彼女を最高というファンも多いようです。
主役の二人だけでなく、多数の脇役陣も印象深く、それぞれの物語がくっきりと描かれています。
リックの恋敵にあたるラズロは、信念を曲げずに生きる毅然とした姿がよかったと思います。こういった役にありがちなわざとらしさがなく、自然な人物像になっています。
また、カサブランカの地元警察の署長(クロード・レインズ)がとても粋に描かれています。ヴィシー政権下にある以上、警察署長としてナチスに協力しなければならず、ドイツ人将校のシュトラッサー少佐に頭があがらないのですが、心の中でナチスを嫌悪しています。好色で賄賂も受け取る俗物ですが、心の奥底に秘めた思いもあることがわかってきて人間的で魅力的です。リックとの男同士の友情も熱く描かれています。
ピアノ弾きのサム、暗黒街の顔役であるフェラーリなど様々な脇役もそれぞれの生き様が印象深く描かれています。
◎映画のあれこれ 製作のエピソード
この映画は人材も資機材も払底していた大戦中に作られました。現場は相当混乱していたようで、撮影が開始された時点で脚本が完成しておらず、脚本ができた部分から撮影していったという逸話はよく知られています。ラストシーンについても二通りの案があり、両方撮影してから良い方を採用しようとしていましたが、結局最初に撮影した方の評判がよく、二つ目は撮影もされなかったというのが定説のようです。このようなことから、主演の二人、特にバーグマンは映画の製作体制、特に監督に強い不信感を抱いていたようで、アカデミー賞受賞の知らせに大変驚いたと伝えられている。
しかし脚本は撮影を進めながら書いたというのが信じられないほど素晴らしく、後世の多くの映画に影響を与えました。ストーリー展開は無駄がなく、テンポも軽快で、終盤のたたみかけるような展開には目が釘付けになります。スピーディであっても展開はよく整理されており、見ていて混乱はありません。登場人物たちの立場、葛藤、心理の流れがわかりやすく描かれています。
◎映画のあれこれ モデル
映画「カサブランカ」を語るとき、もう一人歴史上の人物に触れる必要があります。ポール・ヘンリードとイングリット・バーグマンが演じたドイツへの抵抗運動の指導者ヴィクトル・ラズロとその妻のルザの二人には実在のモデルがいると言われています。
ヨーロッパ統合運動の提唱者として名を残したリヒャルト=クーデンホーフ=カレルギーとその妻で女優のイダ・ローラントです。クーデンホーフ=カレルギーは、オーストリア・ハンガリー帝国の貴族の家柄で、第一次世界大戦後からヨーロッパの統合を提唱し、後のヨーロッパ連合の結成の基礎を築いた人物とされています。
この人の父親がオーストリア・ハンガリー帝国の外交官として日本に赴任していた際に、青山ミツという日本人女性と結婚し、この人が生まれました。したがって母親は日本人です。この母親はゲランの香水「ミツコ」の命名で有名な人だそうです。
クーデンホーフ=カレルギーは、第一次世界大戦後の1923年に「汎ヨーロッパ主義」という著作を発表し世論に影響を与え、後のヨーロッパ連合の原型となる汎ヨーロッパ会議を設立するなどの活動を行っていました。しかしナチスドイツからは危険人物としてマークされ弾圧を受けました。アメリカへの亡命を図ってヨーロッパ各地を逃げ回りながら活動していたようです。その時の状況がこの映画のラズロのモデルとなったようです。
◎映画のあれこれ 政治的メッセージ
この映画はアメリカが第二次世界大戦への参戦を決めた直後に製作されており、当時のアメリカ政府の意向を反映し、アメリカ国民の士気を鼓舞し、戦意の高揚を図るという意図が込められていたようです。
ハリウッドの映画は利潤追求を最優先にしますが、アメリカ政府の要請により、第二次世界大戦への参戦に協力する体制をとっていきました。特に、この映画の製作が始まった段階では、イギリス、フランスなどの連合国側はドイツ、日本などに対し劣勢におかれている地域も多く、参戦にあたりアメリカ国民の士気を鼓舞する必要が高かったと思われます。こういった状況を背景にして政治的なメッセージをアメリカ国民に、あるいは国外に向けて発するという意図も含んでいました。
※【注意】以下、若干ネタバレになります。
この映画の中には、ナチスドイツや親独政権であるヴィシー政府を批判的に描くシーンがいくつもでてきます。その中でも印象的なシーンをいくつか紹介します。
まず、リックの店の中で、ナチスドイツの将校たちがドイツの愛国歌「ラインの護り」をこれみよがしに歌っているのに対して、ラズロがフランスの国歌である「ラ・マルセイエーズ」をバンドに演奏させ、自ら歌って対抗します。客や従業員たちも起立して大合唱する有名なシーンです。客たちの合唱はまたたく間に店の雰囲気を支配し、ドイツ人の声はかき消されてしまいます。歌っている客たちの表情は感極まっており、涙を流す人もいます。最後は拍手喝采が起きます。親ドイツのヴィシー政権下にあってもフランス人の愛国心とナチスドイツに対するフランス国民の苦々しい感情が痛切に感じられるシーンでした。
また、警察署長のルノーがヴィシー産のミネラル・ウォーターを飲もうとしてゴミ箱に捨てるシーンがあります。これはミネラル・ウォーターがヴィシー政権のメタファーになっている印象深いシーンです。
さらに、ドイツの占領下におかれたブルガリアからの逃亡者である新婚夫婦を助けるため、リックが自分の店のルーレットで若い夫を勝たせるシーンがあります。クールなリックに情にもろい一面があることを示す印象的なシーンですが、反ナチスドイツで参戦したアメリカの高揚した意識がリックに反映されているともいえます。
※ネタバレはここまでです。
◎映画のあれこれ 名セリフ
先に書きましたように、この映画には名セリフがいっぱい詰まっていることでも有名です。あちらこちらで引用されていますが、有名なものをいくつかご紹介します。
まずはアメリカ映画の名セリフベスト100の中に入った6つの中からです。第5位にあまりにも有名な
「君の瞳に乾杯 Here’s looking at you, kid.」
が入っています。これは直訳すると「君を見つめていることに乾杯、子猫ちゃん」になりますが、この映画を初公開した時に字幕を担当した高瀬鎮夫さんが考えた訳だそうです。高瀬さんは清水俊二さんとともに洋画字幕界の代表的存在です。このセリフは映画ファンならずとも多くの人が耳にしたことがある、まさに映画史上に残る名訳になりました。
普通の男はとても言えないキザなセリフで、「このセリフを言ってサマになるのはボガートだけ、言われてサマになるのはバーグマンだけ」と言われたそうですが、世界中でバーグマン自身の代名詞のようになりました。日本でも以前バーグマンの主演作の特集上映などが行われた際に、イベントのサブタイトルにこの「君の瞳に乾杯」が使われていました。
第28位には
「あれを弾いて、サム。『時の過ぎゆくままに』を Play it, Sam. Play ‘As Time Goes By’」
が入っています。これは、リックの店を訪れたイルザがピアノ弾きのサムに、リックとの思い出の曲をリクエストする場面です。
第67位はイルザとの再会に感極まったリックの言葉です。
「世界に星の数ほど店はあるのに、彼女はおれの店にやってきた。」
もう一つこれも有名なセリフです。イヴォンヌというリックに気のある女性とリックのやりとりです。イルザとの会話ではありません。
イヴォンヌ「昨日はどこにいたの? Where were you last night ?」
リック 「そんな昔のことは覚えていない。 That‘s so long ago, I don’t remember.」
イヴォンヌ「今夜会える? Will I see you tonight ?」
リック 「そんな先のことはわからない。 I never make plans that far ahead.」
これらの粋な名セリフがストーリー展開にマッチした絶妙のタイミングで出てきます。なお、「君の瞳に乾杯」は、映画の中でリックはイルザに四回言います。
◎終わりに
モノクロ映画ですが、今見てもまったく古さをかんじません。まさに歳月を乗り越えて今を生きています。
むしろ時がたつにつれて深みを増していく希有な映画と言えます。特に、霧にぬれる飛行場のシーンはモノクロ映画ならではの美しさです。
代表曲「アズ・タイム・ゴーズ・バイ(時の過ぎ行くままに)」は映画史に残る名曲となりましたが、全編を通して哀愁漂う音楽が物語を盛り上げています。
太平洋戦争のさなか、戦意高揚という意図に配慮しつつも、これだけの傑作を作り上げるところがハリウッドの底力なのでしょうか。
◎その後のカサブランカ
カサブランカが連合国側の支配下に入ってすぐ後に、この場所で重要な国際会談が開かれました。1943年1月、イギリス首相チャーチルとアメリカ大統領フランクリン=ローズベルトによるカサブランカ会談です。ここでは、北アフリカ戦線での連合国側の勝利を踏まえてヨーロッパへの反転攻勢の戦略が話し合われ、イタリアのシチリア島への上陸作戦を行うことが決まりました。これ以降の歴史について詳しくは書きませんが、イタリアの降伏に続き、1945年にはドイツと日本が降伏し第二次世界大戦は終わります。
モロッコは、ドイツの影響下から脱した後もフランスの保護領のままです。それに対し1943年からいくつかの民族解放組織による独立運動が展開されます。第二次世界大戦後もフランスはモロッコの独立運動を抑えようとして混乱が続きます。フランスがインドシナ戦争に敗北し植民地支配に行き詰まった後、ようやくモロッコは独立を達成します。1956年にモロッコ王国が誕生しました。
その後カサブランカはモロッコ王国の商業・金融の中心として発展し、現在人口は400万人を超えるアフリカでも有数の都市となっています。
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◎映画の概要
・1972年アメリカ映画
・監督 ハーバート・ロス
・出演 ウディ・アレン ダイアン・キートン
1970年代の古き良きロマンティック・コメディ映画です。ウディ・アレンが製作した舞台劇の映画化ですが、「カサブランカ」のパロディでもあり、作品のあちらこちらに「カサブランカ」へのオマージュが捧げられています。
原題は“Play it Again Sam” ですが、これは「カサブランカ」の中で、イルザがサムに思い出の曲を頼むときのセリフがもとになっています。思い出の曲とは、名曲「As Time Goes By 時の過ぎゆくままに」です。
◎あらすじ
映画評論家のアラン(ウディ・アレン)はハンフリー・ボガートに心酔しています。特に、代表作「カサブランカ」の大ファンで繰り返し見ています。妻ナンシーはそんなアランに愛想を尽かして離婚してしまいます。友人ディックとその妻リンダ(ダイアン・キートン)は落ち込んで寂しい思いをしているアランに同情し、女友達を次々に紹介しますが、アランは不器用な性格なため、女性とうまくつきあうことができません。
ハンフリー・ボガートにとりつかれているアランの前には彼のヒーローであるボガートの幽霊(幻影?)が現れ、あれこれアドバイスをします。
◎映画のあれこれ
監督はハーバート・ロスです。ダンサー、振付師を経て映画監督になり、1969年の「チップス先生さようなら」でデビューしました。「グッバイガール」と「愛と喝采の日々」でアカデミー賞にノミネートされました。ハートウォーミングな雰囲気の映画を得意としています。
ウディ・アレンはこの映画の脚本を書き主演もしています。ウディ・アレンの世界観の原点ともなる作品です。その後、ウディ・アレンはこの映画と同様のテーマ、作風、キャラクター設定で多くの映画を作ることになります。ただこの映画では、自分が監督をしていないせいか、初期のウディ・アレンの映画に見られるやや神経質でクセのある独特のギャグは抑えめです。あまりアクが強くなく、やや地味な作品です。とても切ないストーリーですが、人間愛に満ちた心温まるチャーミングなコメディ映画になっています。
映画は冒頭から映画館でアランが「カサブランカ」をまさに忘我の面持ちで見入っている場面から始まります。「カサブランカ」のクライマックスの飛行場のシーンも登場します。これだけでアランのキャラクター設定がよくわかる巧みな導入部です。
ハンフリー・ボガートは劇中のアランにとってあこがれであり、理想の男性像ですが、そのボガートの幽霊からアドバイスや叱咤激励を受けます。アランはそれに振り回され、自分とはまったく異なるタイプのボガートの行動やセリフ真似をしようとします。しかし、もともと向いていないので無理があり空回りします。本人は真面目なのに裏目に出てしまうアランがユーモラスです。ボガートの幽霊とアランのやりとりも笑えます。 アランは思い込みがはげしくて情緒が安定せず、なんとも愛すべきキャラクターであり、ウディ・アレンはコミカルな動きで熱演しています。
映画としては、ストーリーの展開が「カサブランカ」の物語に結びついていく脚本はなかなかよく出来ています。「カサブランカ」のファンも、「カサブランカ」を見ていない人もとても楽しめると思います。この映画のホンワカとした雰囲気を愛するファンも多いと思います。
最後に、ボガートの幽霊を演じた俳優は、雰囲気と声がそっくりです。
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◎映画の概要
・2016年 アメリカ映画
・監督 ロバート・ゼメキス
・出演 ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール
こちらはぐっと新しくなります。第二次世界大戦中を舞台にした恋愛サスペンス映画です。
監督のロバート・ゼメキスは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のヒットで有名になり、1994年の『フォレスト・ガンプ/一期一会』では、アカデミー作品賞と監督賞を受賞しています。
この作品はブラッド・ピットとマリオン・コティヤールの豪華共演でも話題になりました。まさにハリウッドの伝統的なスター映画で、スパイサスペンス、戦争、ラブロマンスを巧みに融合させたアメリカ映画の王道ともいうべき作品です。
◎あらすじ
第2次世界大戦下の1942年のカサブランカ。カナダの秘密諜報員のマックス・ヴァタン(ブラッド・ピット)はカサブランカに潜入し、先に現地に入っていたマリアンヌ・ボーセジュール(マリオン・コティヤール)と合流して偽りの夫婦を演じます。二人はナチス・ドイツの要人を暗殺するという極秘任務の準備を進めます。
◎映画のあれこれ
「カサブランカ」とまったく同じ時代、同じ町が舞台になります。ボガートとバーグマンの物語が進行していたのと同じ場所で、ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールのもう一つの物語があった、というだけで「カサブランカ」のファンはわくわくします。
前半は物語の舞台そのものが「カサブランカ」と同じですが、特に、町並み、レストランなどの美術、衣装などまさに「カサブランカ」そのものと思えるシーンもありました。
後半は舞台がロンドンに移りますが、ストーリー、セリフ、様々な設定に「カサブランカ」を下敷きにしたものが盛り込まれています。特に雨の飛行場のシーンは「カサブランカ」の霧の飛行場を彷彿とさせるものがありました。
映画全体が「カサブランカ」に対する壮大なオマージュになっていますが、この映画の製作チームによる「カサブランカ」への愛情と敬意が感じられて好感がもてます。「もう一つのカサブランカ」「21世紀のカサブランカ」「色のついたカサブランカ」などと言われているのももっともです。
残念ながら映画としての評価はずいぶん分かれているようです。ラブロマンスに関する部分はかなり古典的な面もあり、現代の映画ファンは古くさく感じる人もいるようです。ただ、ロバート・ゼメキス監督は、現代のトップスター二人を主役に、今あえてハリウッド映画の王道を蘇らせようとしたのでしょう。風格のある大人のラブサスペンスになっていると思います。主役の二人は戦争中という異常な時代に翻弄されながら、スパイという過酷な任務に従事する男女を熱演しています。
ロンドンに移ってからの後半は往年のアルフレッド・ヒッチコックのサスペンス映画を思わせるものもあり、楽しめます。本家「カサブランカ」とは異なりますが見終わって深い余韻が残りました。
一つだけとても大事な注意事項があります。この映画の予告編では、映画の後半で明らかになる意外な展開を見せてしまっています。とんでもないネタバレだと思います。